まさかともしやのかち
長く医師をしているとこんなこともあるんだと、はっとする瞬間をいくつも経験します。
時々思い出すことがあります。
繰り返しお腹を壊し、次第に体重が減り、腎臓の機能が悪くなり、入院すると良くなるもののまたお腹を壊す。
入院中には血圧が下がるため、一旦血圧の薬は中止されて、退院するとまた血圧が上がる。
そのため、降圧剤は再開。
また、不調になり、入院というループを繰り返している患者さんです。
入院中に血圧が下がるが、心臓は大丈夫でしょうか?というコンサルトを受けて拝見させていただいた方です。
当時は、心臓を調べても異常無く問題ないです、とお返事をしていました。
その後、何気なくよんだ論文で衝撃を受けました。
Mayo Clin Proc. 2012;87(8):732-738
この論文です。
簡単に言うと、降圧剤 オルメサルタン(先発品名 オルメテック)の副作用についてです。
今でもよく処方されていますが、この副作用で、水様性下痢、体重減少、腎機能障害があることが報告されました。
スプルー様症候群と定義されました。
スプルーとは、食べ物の吸収不良を起こす小腸の病気です。
腸粘膜障害がないので、スプルー「様」 ということです。
2012年に初めて報告されたものです。
先程の患者さんは、このオルメサルタンを服用されていて、スプルー様症候群として副作用がでていた可能性が高かったのです。
水様性下痢により脱水となり、血圧が下がったり腎臓が悪くなったり。
入院して点滴しつつ、オルメサルタンを中止すると回復し、また血圧が上がってくると同じオルメサルタンを服用再開、という悪循環にハマっていたということです。
当時はこの副作用はわかっていなかったですが、患者さんの状態をしっかり考えることの重要性を学びました。
また、前例がないからと言って、「ない」のではなく、わかってないだけ、ということも学びました。
同時に思っていた疑問がありました。
これは果たして稀なことなのかどうなのか、ということです。
2016年にそれに対する答えが出てきます。
GE Port J Gastroenterol. 2016;23(2):61---65
オルメサルタンを6か月以上使用した患者における腸症発症率は 年間1.3件/1000人(95% 信頼区間: 0.5–2.6)と算出されています。
さらに、他のアンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)でも同様の発症率が報告されています。
ロサルタン 0.43件/1000人, 95% CI: 0.33–0.55
このことから、ARBという降圧剤の全体に共通する薬剤クラス効果の可能性も示唆されています。
でも、オルメサルタン以外では問題ない、という報告もあり、オルメサルタン特有の問題の可能性が未だに残っています。
オルメサルタンの内服を開始してから、数年経っても発症したというケースも報告されています。
服薬期間に関係なく注意が必要ということです。
オルメサルタンに限らず、薬剤治療には、つねに有用性と副作用という問題があります。
1000人に1人に副作用が発現する、ということは、999人には副作用がでない、といういいかも可能かもしれません。
1000分の1 の確率でも、そんな目にあった方にとっては、1分の1 です。
一人ひとりのことを考える、ということはそういうことです。
薬は少ないほどいい、という考え方もあります。
得られるメリットを最大化し、かつ、デメリットを最小化するためには早期に発見対処することがとても重要と思います。
自分の外来では、患者さんのお話の中にひょっとしたら、をいつも探す態度が身についたのはこういう経験があったかとも思います。
まさか、もしや、ひょっとしたら、という発想の価値に付いての話でした。