妊娠と高血圧
すべての妊婦にとっての不安といえば、自分たちが飲む薬が赤ちゃんにとって安全であるかどうか、につきるだろう。
Gerald G Briggs.
読んでほしい方
すでに妊娠されている、あるいは妊活中である、産後で授乳期である、というかた向けの情報になります。
高血圧は将来の心血管病の発症や進展・再発リスクとなります。
心血管病による健康寿命あるいは平均寿命への影響、QOL低下、 脳や腎臓への悪影響などを抑制する目的で高血圧を治療します。
基礎知識
正常血圧(120/70 mmHg)以上の血圧高値では何らかの対処が必要となります。
全身リスクが低ければ、生活習慣改善が中心になります。
リスクが高くなるにつれて、薬物治療の必要性が高まります。
降圧剤の種類について
高血圧治療の薬剤は大きく
ACE阻害薬;アンギオテンシン変換酵素阻害薬
ARB :アンギオテンシンII 受容体拮抗薬
カルシウム拮抗剤
利尿剤
βブロッカー
ARNI;アンギオテンシン受容体拮抗薬+ネプリライシン阻害薬
MRA;ミネラルコルチコイド阻害薬
があります。
安全性=副作用についての考え方
すべての薬剤には、有効性があり、副作用が起こりえます。
副作用に関しては、誰に、いつ起こるか、は予見が困難です。
たとえば、カルシウム拮抗剤では、血管拡張作用により血圧が下がります。
血管平滑筋が弛緩することで、末梢血管抵抗は低下します。
この作用は、人によって動悸、頭痛、ほてり、浮腫として自覚します。
また、歯肉増生といって歯茎の肉が盛り上がることもあります。
カルシウム拮抗剤を服用中の方が、歯科で時々、歯茎の状態から副作用を指摘されることもあります。
このように、誰に、いつ起こるかは事前にはわかりません。
しっかり患者さんの状態を見続けていくことが重要になります。
非妊娠期
妊娠前、妊活中の段階を、非妊娠期と表現します。
この段階では通常の高血圧治療の考え方を適用します。
妊娠期
妊娠期に認めた高血圧のことを 妊娠高血圧症候群 と呼びます。
重篤な周産期合併症のリスクとなります。
母体では
HELLP症候群(溶血 肝障害 血小板減少)
DIC
肺水腫
心不全
腎機能障害
脳出血
可逆性後頭葉白質脳症
常位胎盤早期剥離
など、合併症発生リスクが増加します。
胎児では
今のところ降圧剤により流産率が明らかに増加したという報告はありません。
妊娠期の降圧剤について
基本的に、どの薬剤においてもデータが限られていて、はっきり断言しにくい状況です。
ACE阻害薬;アンギオテンシン変換酵素阻害薬
2006年の報告では妊娠第一期(0週から14週頃)の期間でACE阻害薬を用いていると、胎児の発育に影響を及ぼす可能性があるとなっています。
妊娠が判明した時点で、すぐに多剤へ変更することが必要です。
妊娠反応を見ていったとしても、0週は判定が無理ですので、妊活中・妊娠可能性がある時期では避けるべき薬剤と考えられます。
ARB :アンギオテンシンII 受容体拮抗薬
ARBにより胎児への悪影響がある、という報告は非常に少ないです。
実際にはACE阻害薬と同様に妊娠判明後には中止、多剤へ変更となります。
妊娠判明後にも服用継続となっていた場合には、エコー検査での胎児への影響をモニターし、新生児では腎機能、電解質、血圧の継続的モニターが必要となります。
アルドステロン受容体阻害薬
上記2剤と同様に、基本的に妊娠中の使用は控えるものです。
カルシウム拮抗剤
非妊娠期ではおそらく一番最初に選択されることが多いと思われます。
妊娠期でもいくつかの研究データで先天奇形の発生率増加は認めない
The safety of calcium channel blockers in human pregnancy: a prospective, multicenter cohort study 1996
The safety of calcium channel blockers during pregnancy: a prospective, multicenter, observational study
というデータはあるものの、早産、低出生体重が多い傾向にあったと上記2つの研究では報告されています。
妊娠期で血圧管理が難しいときには、ニフェジピン・アムロジピンが選択されることは許容されます。
比較的安全、という表現で言われます。
利尿薬
サイアザイド、ループ、カリウム保持性の3つがこの降圧利尿剤となります。
一般的にサイアザイド系は安全ということが言われています。
ただし、低ナトリウム血症や低カリウム血症などの電解質異常が起こり得る薬剤であり、注意は必要です。
定期的な血液検査でチェックします。
胎児の低血糖や血小板減少したという報告はあり、完全に安全、ということではありません。
ループ利尿薬であるフロセミドも妊娠期では用いられます。
尿量が増えるため、トイレに行く回数が増えますが、羊水量には影響しないです。
カリウム保持性利尿薬
抗アンドロゲン作用があるので、妊娠初期の胎児への影響の可能性を考えると降圧のためには使用を控えます。
男子胎児の女性化の原因となることがあります。
βブロッカー
アテノロールとプロプラノロールは妊娠期でも安全に使えると言われています。
ただし,プロプラノロールは胎盤通過性があります。
妊娠中期からの使用で、胎児発育不全や新生児低血糖、呼吸抑制、高ビリルビン血症などを認めたという報告があります。
ラベタノール塩酸塩はαβブロッカーです。
妊娠中使用可能で安全と言われています。
非妊娠期では、降圧剤として使われることはほとんどほとんど見かけません。
ラベタロールを単独で,または,メチルドパが最大1日量に達している場合にメチルドパと併用して投与します。
ラベタロールの通常用量は100mg,1日2回~1日3回で,必要に応じて1日総量2400mgまで増量します。
増量していく過程で、母体の活力低下や抑うつになることがあり、注意が必要です。
「最近、以前と比べて気分が沈んでいないか?」
「よく泣くようになったり、話さなくなったりしていないか?」
「睡眠や食事のリズムが乱れていないか?」
などの周囲からの見え方も大事です。
好きだったことに関心が持てない、やたら疲れる、自分はだめだな、とか、ちゃんと育つか心配、などの言葉も薬の影響の可能性があります。
みんな通る道だから頑張れ、のような昔ながらの言い方で、その後に相談しにくくなる空気も発生しがちです。
辛いと感じるのは自然なことなので、医師や助産師さんと気持ちについて話すことが大事です。
中枢性交感神経抑制薬
メチルドパが妊娠中の高血圧治療薬として繁用されます。
妊娠初期でも先天異常の報告はありません。
メチルドパ250mg,経口,1日2回から始め,過度の傾眠,抑うつ,または症候性起立性低血圧が起こらなければ,必要に応じて1日総量2gまで増量していきます。
血管拡張薬
ヒドララジン塩酸塩は妊娠中によく使われる降圧剤です。
胎盤通過性はあるものの、胎児毒性の報告はありません。
非妊娠期では、降圧剤として使われることはほとんど見かけません。
ARNI
妊婦には用いません。妊娠が判明した時点ですぐに中止します。
降圧効果が強い特徴があります。
急に中止することで血圧上昇する可能性があります。
そのため、安全な他剤へ変更することが必要です。
授乳期
降圧剤が乳汁中に移行する量はわずか、と考えられています。
ただし、薬剤添付文書では多くの降圧剤は授乳を中止と記述されています。
母乳栄養と母体高血圧治療の両立ができると考えられる降圧剤を列挙しておきます。
アンギオテンシン変換酵素阻害薬 カプトプリル・エナラプリル
カルシウム拮抗薬 アムロジピン・ニフェジピン・ニカルジピン
利尿薬 ヒドロクロロチアジド・・フロセミド・スピロノラクトン
βブロッカー プロプラノロール・ラベタノール
中枢性交感神経抑制薬 メチルドパ
血管拡張薬 ヒドララジン
上記でのアテノロールは乳汁移行性あるものの、生後3ヶ月以上の乳児では悪影響を起こすリスクは低いと言われています。
この時期には、お母さんの睡眠時間も短く、分断されがちのため、血圧も上がりやすく周囲の協力や援助も大切です。
まとめ
妊娠中の高血圧治療薬としては、
メチルドパ
ヒドララジン塩酸塩
アテノロール
ニカルジピン
ラベタノール
のどれか、組み合わせで加療が検討されることが多いです。
妊娠中の高血圧に関して、基本的な知識について
- 妊娠確定前と確定後では治療内容・方法が変わる。
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軽度の高血圧では、保存的治療が第一
- たんぱく尿、腎機能悪化があれば軽度高血圧でも内服治療が必要
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メチルドパ、βブロッカー、またはカルシウム拮抗薬が最初に試される
- 血圧管理が困難になったら、母体安全の判断が多い。
妊娠中に血圧 180/110 mmHg 以上になるような時は入院点滴加療が必要になることもあり、産科の先生とよく相談する必要があります。