鶏肉を洗うべきか?
料理が趣味で、いろんなものを作ります。
その中で、スーパーから買ってきた鶏肉を洗うかどうか、という話題になりました。
ぬめりがあるし、細菌がついているかもしれないから洗う派もいれば
いやいや、そのまま料理しますよ、という派もいます。
鶏肉を洗ったほうがいいのかどうか、という二択の話です。
世の中にはいろんなことを研究した論文があります。
Journal of Food Protection, Vol. 85, No. 4, 2022, Pages 615–625
「鶏肉を洗うと食中毒のリスクが高まる」ということを検証した観察研究です。
なじみ深い「鶏肉を洗う」という行為。
この研究では、鶏肉を洗うことでシンクや周囲の野菜、手指などに菌が飛び散り、かえって食中毒のリスクが高くなることが明らかになりました。
「洗う or 洗わない」の問いの落とし穴
こういった文章をネットで見ると、そうか洗わないほうがいいのか、と思います。
でも。
ここで面白いのは、この問題の本質が「洗う vs 洗わない」という単純な二択ではないという点です。
この論文の中では、感染状態を調べています。
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シンクは最も高頻度で大腸菌が検出された場所
▷洗った群で60%、洗わなかった群で36% -
サラダの汚染率
▷洗った群で26%、洗わなかった群で20%
洗っても洗わなくても、シンクやサラダの汚染はあまり変わりがなかったといえます。
つまりは。
キッチン周りの感染は、、、
手洗いや器具・表面の洗浄が不十分なことが原因と考えられる、ということです。
鶏肉を洗うかどうか問題より、ちゃんとこまめに手洗いができるか、ということが重要です。
さらに。
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正しい手洗い(CDC基準)を満たしていたのは全体でわずか1%
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鶏肉を洗った群・洗わなかった群の比較で正しい手洗いができていたかの差はなし
洗った後に完全なシンク洗浄(洗剤+漂白剤)や手洗い(20秒以上)を実施し、サラダや調理器具への接触を防げるなら一定の安全性は保てます。
しかし多くの人は洗った気になって消毒せずに次の作業に進む傾向があるため、現実的には「洗わない」が推奨されます。
「なぜ洗わない方が安全なのか」
「洗いたい人はどう代替すればよいか」までを丁寧に伝える方法もあります。
直感的には、鶏肉を洗うと良さそうにおもえます。
科学的に考える、ということは、その直感と現実のズレを見つめる作業かもしれません。
大切なのは、「どうすれば食中毒のリスクを最も減らせるか?」という視点で考えることといえます
鶏肉に付いた菌はしっかり加熱すれば安全です。
そして、手洗い・器具の消毒の徹底・調理順序などを丁寧に行えば、鶏肉を洗わなくても十分に清潔かつ安全に調理できます。
実は薬との付き合い方も同じです
実は、この「鶏肉を洗うべきか?」という問いは、私たちが日々向き合っている「薬を飲むべきか?」という問いと似ています。
患者さんの中には、
「薬はできれば飲みたくないんです」
「飲みすぎると体に悪そうで…」
と不安を口にされる方がいらっしゃいます。
この気持ちはとてもよくわかります。
できれば自然に治したい。
なるべく体に負担をかけたくないというのは、誰しもが思うことです。
共通点は「正しく判断するための前提」が抜け落ちていること
問い | 本質的な問い直し |
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鶏肉は洗うべきか? | 洗わずに安全に調理するにはどうすればよいか? |
薬は飲むべきか? | この薬のメリットとデメリットをどう判断すべきか? |
つまり、どちらも大切なのは「背景」「目的」「リスクと効果のバランス」を知った上で判断することなのです。
副作用ばかり気にして、治療が始まらず、いつの間にか病気が進んでいたら、振り返ったときに自分は何をしていたんだろうと思われるかもしれません。
問いの立て方について考える
薬を飲む・飲まない、という二択は、鳥を洗うかどうか問題に似ています。
「この薬は自分にとって必要か?どんな効果と副作用があるか?」を一緒に考えましょう。
「鶏肉は洗うべきか・洗わないべきか」ではなく、
「どうすれば最も安全に、そして安心して調理できるか」を知ることが大切です。
私の座右の銘は、正しい問いこそが、もっとも重要である、です。
“納得”が、最も安全な選択につながる
私たち医療者の役割は、「こうしなさい」と指示を出すことではなく、「納得して行動できるように寄り添い、説明すること」です。
飲まなきゃだめですか? には答えられません。
そもそも医療は指示でも命令でもないからです。
当クリニックでは、薬の使い方も、生活習慣の整え方も、「押しつけ」ではなく「対話」を大切にしています。
料理をしながら考える医療についての話でした。