糖尿病と認知症について。
糖尿病の方は、認知症になりやすい、という報告が続いています。
だいたい糖尿病がない人と比較して1.5倍から1.7倍程度、となっています。
メカニズムはいくつも言われています。
病態メカニズム | 内容 |
---|---|
インスリン抵抗性 | 脳でもインスリンは重要な役割を持ち、記憶や学習に関与している。 糖尿病によりこの作用が低下する。 |
慢性炎症 | 血糖が高いと体内で炎症が続き、それが脳神経細胞にもダメージを与える。 |
酸化ストレス | 高血糖は活性酸素を増やし、脳の細胞を障害する。 |
アミロイドβの蓄積促進 | インスリン分解酵素がアミロイドβ(アルツハイマー病の原因物質)を処理できなくなる。 |
脳の血管障害 | 高血糖や高血圧、脂質異常が脳血管の動脈硬化を進め、脳梗塞や微小出血による血管性認知症につながる。 |
血糖管理を良くすればいいのか?
ということはずっと研究され続けていますが、きになる報告が出ました。
GLP-1受容体作動薬の新たな可能性
2025年7月、米国の医学雑誌「JAMA Network Open」に掲載された研究で
セマグルチドやチルゼパチド など糖尿病治療薬(GLP-1受容体作動薬)が、
血糖のコントロールだけでなく、
-
認知症
-
脳卒中
-
死亡率
といった将来の病気のリスクを下げてくれる可能性があると報告されました。
研究の内容をかんたんに
アメリカの大規模な医療データベースを使って、40歳以上で糖尿病と肥満のある約6万人を対象に調査されました。
薬のグループ
-
セマグルチド・チルゼパチド(GLP-1受容体作動薬)
-
従来の糖尿病治療薬(メトホルミンやDPP-4阻害薬など)
調査結果(平均1.7年の追跡)
GLP-1薬を使っていた人たちは、
病気のリスク | どれくらい減った? |
---|---|
認知症 | 約37%減少(HR 0.63) |
脳卒中 | 約19%減少(HR 0.81) |
死亡率 | 約30%減少(HR 0.70) |
※HR(ハザード比)とは、数字が1より小さいほどリスクが下がっていることを示します。
薬の効き目は“血糖をさげる”だけじゃない
GLP-1受容体作動薬は、以下のような働きがあると考えられています。
-
血糖値を下げる
-
体重を減らす
-
動脈硬化を防ぐ
-
脳への炎症をおさえる
-
アミロイドβの蓄積を減らす(アルツハイマー病の原因物質)
こうした作用により、将来の脳卒中や認知症を予防してくれる可能性が予測されていました。
観察研究ですが、実際の患者さん達を見てみると、良い傾向があった、ということです。
「競合リスク」という少し難しい話
この研究には、ひとつ注意点があります。
それは「死亡が先に起きてしまうと、認知症になるかどうかが観察できない」ということ。
医学ではこれを「競合リスク(competing risk)」と呼びます。
つまり、「亡くなった方は認知症になる可能性がゼロになってしまう」ため、
単純に「認知症になった人の割合」だけで比べてしまうと、本当の予防効果を過大評価してしまう可能性があります。
研究ではこの点に限界があるとされています。
それでも、認知症だけでなく死亡そのものも減っていたため、全体としては有望な結果と考える価値はあります。
この治療は誰に向いているのか
今回の研究では、とくに効果が強く出ていたのは
-
60歳以上の方
-
女性
-
BMIが30〜40の方
こうした方にGLP-1受容体作動薬は、血糖コントロール+将来の病気予防の両面で価値の高い治療選択肢になる可能性があります。
高い血糖値が下がればどの薬でもいい、というわけでもなさそうだ、といえるかもしれません。
当院でもセマグルチド(商品名:オゼンピック、リベルサス)やチルゼパチド(商品名:マンジャロ)を使用した治療を行っています。
だれに、どんな目的で、どんな治療を、どう提供していくか。
そういうこともしっかり考えながら糖尿病の治療を行っていく時代になっています。
糖尿病治療はもちろん、脳や血管の病気を将来的に防ぐ観点からも、GLP-1受容体作動薬の導入を検討される価値があります。
ご興味がある方は、お気軽にご相談ください。
糖尿病と肥満は、“血糖値の問題”にとどまりません。
認知症や脳卒中、そして寿命にまで影響を与える全身の問題です。
すでにパターン化している治療の選択の順番、などはありますが、このようなデータを見つつ治療の質、というものをこれからも高めていく必要があると考えています。