一度始めたら
医師として幸せなことにとても多くの患者さんと関わってきました。
外来ではじめまして、と自己紹介しつつ関係が始まる方。
救急外来での初対面ですでに心臓や呼吸が止まっていて意識もなく、蘇生術を行いながら体外式の人工心肺装置を装着し、緊急カテーテル治療後に集中治療で反応を得て、その後の治療調整を行い、患者さんはリハビリテーションをしっかり頑張っていただき無事社会復帰してその後の外来管理で再発を予防している方など。
厳しい状況を乗り越えたかたが言われる話でいつもハッとする言葉があります。
「こんなことになる前は、血圧とかコレステロールが、とか検診で言われていても、特に何も困ってないから放おってたよ」
病気で言えば、血圧が高め、コレステロールが高いって言われたけど別になんの症状もないんです。
別に私は悪いとこ、なにもないんですけど行けって言われたから来てみました、という無症候の高血圧、脂質代謝異常、ということになります。
その病気はいつか、何人か前に診察していた方、心臓が止まってからの初対面だった方の病院に来る前の日と同じ状態でもあったのかもしれないな、なんて思います。
痛い苦しいは、辛いです。
病気なのかな、とか、薬のむのも嫌だな、と思う気持ちもわかります。
ただ、病気を治療して健康を求める、という目標を考えた時、大丈夫大丈夫では、厳しい状況になってしまうことがあることも知っています。
血圧が高いのを治療しないと、こんなことになってしまうから、怖いんですよー なんて話をされたら、誰だって嫌になってしまいます。聞きたくないですよね。
医師としての経験や知識をもって、向き合っている相手の気持ちを考えると、その人にはどう話せばいいことがあるのか、悪いことが減るのか、は色んなバリエーションの中から都度選んでいくのが自分のスタイルです。
「その薬を始めたら、一生やめられないって聞いたから薬を飲みたくない」
そう言われることはおそらく内科医なら誰しもが経験のあることと思います。
多分自分でも、一生やめられないクスリ、といわれたら躊躇しますね。
病気のことを理解しクスリのメリットを説明されても、嫌なものは嫌。
人参は体に良いから食べなさい、とお母さんがいっても、ちびっこはなかなか食べませんよね。なんか食べたくないから。
恐怖心を煽ったりメリットを強調したって、納得いかない気持ちが残るのは当然でしょう。
ただ、病気の話と人参の話は違うことを医師は知っているのです。
食事運動管理は生涯必要で重要であること。
それだけでは全てをひっくり返せないこと。
特に動脈硬化は年齢で進行していくものだから、長生きするほどに動脈硬化の状態は残念ながら悪くなっていくのが自然であることを。
生活習慣が改善できたり、体調の変化で薬が減らせたり辞めたりすることもできることもあります。
降圧剤やコレステロールの薬を中止にすることはあります。
今の状況で必要な治療があり、今後の経過で調整していきます。
ただ絶対やめられるわけでもないし、状況によっては量を増やす必要があることもあります。
散歩始めたら一生散歩しなきゃいけないんですか、食事管理始めたら、一生食事管理しなきゃいけないんですか、とは聞いたことがありません。
では、なぜそんな発想があるのか。
クスリはリスク、にもなりうるから、と思います。
薬剤には副作用も起こる可能性があります。
誰に副作用が起こるかは事前にわかりませんが、どんな事が起こる可能性があるかはだいたいの範囲でわかります。
定期的な診察でしっかり管理していき、何かあったらすぐに対処するという方法ができうるベストと思います。
メリット・デメリットの天秤、という考えもあります。
なので、なにか心配なことがあったらいつでも相談でできる環境、雰囲気が大切と思っています。
心配していてもなかなか伝えられない、言い出せないことってあると思います。
医師からしたら、そう思われてしまうのは自分が未熟であること、そのものだと思っています。
心配なときはいつでも相談できる。
そういう環境が必要です。
現状で治療を始めることの必要性。それに伴う不安。
治療を継続している中で起こるいろいろな変化。
もう治療なんていいや、とモチベーションが下がる日もあるかもしれません。
私たちの目標は、病気を治すことだけでなく、患者さんが幸せに生きることを支えることです。
以上、一度始めたらやめられない薬、という言葉について思うことについて書きました。