科学と芸術と医療
私たち医師は、「エビデンスに基づく医療(Evidence-Based Medicine)」を学びます。
「この薬を飲めば心筋梗塞が減る。」
「血圧を下げれば脳卒中が予防できる。」
「禁煙すれば寿命が延びる。」
これらは世界中の研究によって証明された「Science(科学)」です。
しかし、診療を続けていると科学と医療の相性やバランスについて考えることがあります。
「血圧が高いので減塩しましょう。」
「睡眠時無呼吸症候群なのでCPAPを毎日使いましょう。」
「糖尿病なので体重を減らしましょう。」
時間をかけて丁寧に説明し、「分かりました」と納得されたはずなのに、次の受診では、
「薬を飲み忘れていました。」
「CPAPは途中で外してしまいます。」
「忙しくて運動できませんでした。」
もちろん患者さんは怠けているわけでも、やる気がないわけでもありません。
「分かっているのにできない。」
これは、多くの人が経験する、とても人間らしいことなのです。
自分自身でも、1日3回服用する薬を飲むことになったとしても、大抵昼分の薬をしっかり飲んだことがありません。
その必要性や重要性をわかっている自分でさえ、その理解があったとしても普通に飲み忘れます。
人は合理的には行動しない
最近では、このような人間の行動を科学的に研究する「行動経済学」という学問が注目されています。
行動経済学では、
人はいつも合理的に判断するわけではない
という前提に立っています。
例えば、
- 今日だけなら甘いものを食べてもいいかな…
- 明日から運動しよう…
- 血圧は高いけれど症状がないから薬は今日はいいか…
こうした判断は身近でも目撃します。
私たち医療者も同じです。
「早く寝た方がいい」と分かっていても夜更かしをしたり
「健康診断を受けなければ」と思いながら後回しにしたり。
人間は「知っていること」と「実際の行動」が一致しない生き物と言えるのかもしれません。
医学にはScienceだけでなくArtが必要
近代医学の父、ウィリアム・オスラーは、
"The practice of medicine is an art, not a trade."
「医療は商売ではなく、アートである」
という言葉を残しています。
この「Art」は、特別な話術や才能だけを意味するものではありません。
患者さん一人ひとりの価値観や生活背景を理解し、
「どうすれば無理なく続けられるか」
を一緒に考えることも、現代医療における大切なArtだと私は考えています。
いつも思うのは
「薬を出して終わり」
ではなく、
患者さんが実際に続けられる治療を一緒に考えることを大切にしています。
例えば、
- 家庭血圧が測りやすい方法をご提案する
- CPAPが続かない原因を一緒に探す
- 無理のない減塩方法を考える
- 続けられる運動習慣を相談する
正しい治療を押し付けるのではなく、
「どうすれば続けられるか」
という視点を大切にしています。
最新のガイドラインで重要視されている検査や新薬を含めた治療の特性を理解し使いこなす事も
最新ではないかもしれないけれども、なるべくコストを安くして後発品、ジェネリックを組み合わせることでの治療内容で進めていくことも
患者さんの状況や状態を考えて選択していくこともARTと言えるのだろうと思っています。
「できない」のではなく、「できる仕組み」を作る
生活習慣病の治療は、一日だけ頑張ればよいものではありません。
高血圧も
脂質異常症も
糖尿病も
睡眠時無呼吸症候群も
長く付き合っていく病気です。
だからこそ必要なのは、
意思の強さだけではなく、続けられる仕組みです。
「どうすれば自然と薬を飲めるか。」
「どうすればCPAPを毎日使えるか。」
「どうすれば減塩が苦痛にならないか。」
こうした工夫の積み重ねが、将来の心筋梗塞や脳卒中、心不全の予防につながるのだろうと思います。
医学は、確かな科学(Science)の上に成り立っています。
しかし、それだけでは患者さんの人生は変わりません。
患者さんの気持ちを理解し、生活に寄り添い、続けられる方法を一緒に考えること。
それが医療のもう一つの側面であるArtなのだと思います。
戸頃循環器内科クリニックでは、最新の医学的エビデンスを大切にしながらも、一人ひとりの生活や価値観に寄り添う診療を重要視しています。
「正しい治療」だけでなく、「続けられる治療」という視点も重要だと考えます。
それが私たちの目指す循環器診療です。
紫陽花の季節はあっという間に終わりそうです。
2026年の半分は今日で一区切り。
また明日から気持ち新たに外来診療に集中していきます。
下半期もよろしくお願いします。
