長引く咳
長引く咳の原因が見つからないとき
耳、心臓、神経に原因が隠れていることがあります
咳が何週間も続いているのに、胸部レントゲンでは異常がなく、風邪薬や咳止めを飲んでも改善しない。
このような症状で受診される患者さんは少なくありません。
成人では、一般に8週間以上続く咳を「慢性咳嗽」と呼びます。
慢性咳嗽の代表的な原因には、
・咳喘息、気管支喘息
・鼻炎、副鼻腔炎、後鼻漏
・胃食道逆流症
・慢性閉塞性肺疾患
・好酸球性気管支炎
・ACE阻害薬などによる薬剤性咳嗽
などがあります。
しかし、これらを調べて治療しても咳が改善せず、原因がはっきりしないことがあります。
2026年に『Otolaryngologic Clinics of North America』に掲載されたSabarinathanらの総説
「Rare Causes of Unexplained Chronic Cough in Adults」では、このような原因不明の慢性咳嗽に隠れている病気について語られています。
稀ではあるものの見逃してはいけない病態
が幅広く取り上げられています。
咳は肺だけの症状ではない、ということです。
耳、喉、睡眠、心臓、血管、薬剤、神経など、思いがけない場所に原因が隠れていることがあります。
まずは、よくある原因について
慢性咳嗽を診療する際には、まず喘息や咳喘息、鼻副鼻腔疾患、胃食道逆流症、喫煙関連疾患、薬剤性咳嗽などを確認します。
問診では、単に「咳が出ますか」と聞くだけではありません。
・いつから続いているか
・乾いた咳か、痰を伴うか
・夜間や明け方に悪化するか
・横になると増えるか
・運動や冷気、会話、においで誘発されるか
・職場と休日で差があるか
・服用している薬は何か
といった情報が診断や治療には必要です。
一般的な原因を評価して咳止めを使っても改善しないときに考えることがいくつか。
耳を触ると咳が出る「Arnold反射」
外耳道の一部には、迷走神経の枝である耳介枝が分布しています。
この部位への刺激によって咳が誘発される現象を「Arnold反射」あるいは「耳咳反射」と呼びます。
健常者における耳咳反射の頻度は約2%とされています。
一方、慢性咳嗽患者では約25%に認められたとの報告があり、咳反射が過敏になっている患者さんでは、耳への刺激が咳の引き金になりやすいと考えられています。
耳垢が固まって外耳道を刺激している場合には、耳垢栓塞を除去するだけで咳が改善することもあります。
私自身も、耳垢の除去後に咳が改善した患者さんを経験しています。
慢性咳嗽の診察で耳の中を見ることは、一見遠回りに思えますが、簡単で負担が少なく、見逃してはいけない診察の一つです。
ACE阻害薬を中止しても、すぐには咳が消えない
高血圧や心不全の治療に使用されるACE阻害薬は、慢性咳嗽の代表的な原因薬剤です。
ACE阻害薬は、ARBと比較して咳のリスクが約3倍高いことが報告されています。
薬剤名だけでは分かりにくいため、患者さんが「血圧の薬」と認識している薬を一つずつ確認します。
また、ACE阻害薬を中止してARBへ変更しても、咳が直ちに消えるとは限りません。
ACE阻害薬によって高まった咳反射の過敏性が一定期間残り、薬を変更した後もしばらく咳が続くことがあります。
この遷延をcarryover現象と呼ぶことがあります。
そのため、ARBへ切り替えた後に咳が残っているからといって、直ちに「薬剤性ではなかった」と判断するのは早計です。
数週間、場合によってはそれ以上の経過をみる必要があります。
なお、大規模な無作為化試験のメタ解析でも、ACE阻害薬はプラセボと比較して乾性咳嗽のリスクを有意に上昇させることが確認されています。
ビタミンB12欠乏と慢性咳嗽
ビタミンB12欠乏というと、貧血、舌炎、手足のしびれ、歩行障害などを思い浮かべます。
咳との関連を検討した研究もあります。
ビタミンB12が不足すると末梢神経や自律神経に障害が生じ、喉頭や気道の感覚神経が過敏になる可能性があります。
原因不明の慢性咳嗽患者を対象とした小規模研究では、ビタミンB12欠乏群で喉頭過敏性が多く認められ、ビタミンB12を補充した後に咳症状や喉頭・気管支の過敏性が改善したと報告されています。
ただし、これは限られた人数を対象とした研究であり、ビタミンB12補充がすべての慢性咳嗽に有効という意味ではありません。
私自身は、ビタミンB12補充によって咳が明らかに改善した症例をまだ経験していません。
しかし、原因不明の咳に加えて、貧血、舌の異常、手足のしびれ、胃切除後、偏った食生活などがある場合には、確認してもよい項目だと考えます。
扁桃肥大が喉頭蓋を刺激していることがあります
口蓋扁桃が大きく肥大していると、扁桃が喉頭蓋周辺に機械的に接触し、咳反射を誘発することがあります。
特にBrodsky分類でgrade 3から4に相当する高度な扁桃肥大では、気道の狭窄だけでなく、嚥下や発声に伴う機械的刺激も咳の原因となり得ます。
扁桃摘出後に咳感受性が有意に改善したという前向き研究も報告されています。
この機序は、閉塞性睡眠時無呼吸症候群に伴う慢性咳嗽とも重なる可能性があります。
扁桃肥大による上気道の狭窄、口呼吸、粘膜の乾燥、咽喉頭への刺激、胃食道逆流などが複合的に咳を悪化させると考えられます。
大きないびき、睡眠中の無呼吸、起床時の口腔乾燥があり、扁桃肥大も認める場合には、咳と睡眠時無呼吸症候群を別々の問題として扱わないことが大切です。
睡眠時無呼吸症候群と慢性咳嗽
閉塞性睡眠時無呼吸症候群では、睡眠中に喉の空気の通り道が繰り返し狭くなります。
その結果、
・口呼吸による喉の乾燥
・上気道粘膜の炎症
・胃食道逆流の悪化
・咳反射の過敏化
・扁桃や軟口蓋による機械的刺激
などが生じ、慢性咳嗽につながる可能性があります。
特に、
・大きないびきがある
・睡眠中に呼吸が止まると言われる
・日中の眠気が強い
・肥満や高血圧がある
・起床時に口や喉が乾く
といった症状がある場合には、睡眠時無呼吸検査も検討します。
動悸の後に咳が出る
心臓が原因となる咳、いわゆる心原性咳嗽も見逃されやすい病態です。
よく知られているのは、心不全による肺うっ血です。
心臓のポンプ機能が低下すると肺に水分がたまり、咳、痰、息切れが出現します。
特に、
・横になると咳が増える
・夜中に息苦しくて目が覚める
・足がむくむ
・体重が急に増える
・階段や歩行で息切れする
といった症状は、心不全を疑う手掛かりになります。
しかし、心臓が原因となる咳は肺うっ血だけではありません。
心膜嚢胞、拡張した大動脈、右側大動脈弓、拡大した左心房や肺動脈などが、気管や気管支を外側から圧迫して咳を起こすことがあります。
CTと心エコー検査でわかります。
咳で困っているのに、心臓のエコー検査、といわれると「??」と感じるかもしれません。
でも心臓が原因で咳が続くことはよく見かけます。
さらに稀ですが、心室期外収縮、上室性頻拍など、不整脈そのものが咳を誘発することもあります。
診察室で患者さんから自発的に「動悸の直後に咳が出ます」と話してくれるとは限りません。
「動悸と咳は同じタイミングで起こりますか」
「脈が飛んだ直後に咳き込みませんか」
「咳をすると動悸が止まることはありませんか」
と、こちらから具体的に聞きにいく必要があります。
動悸に続いて咳が出るという病歴があれば、心電図だけでなく、ホルター心電図などによって症状と不整脈の時間的関係を確認することが重要です。
今回の総説でも、心血管系による気道圧迫と不整脈は、稀な慢性咳嗽の原因として挙げられています。
胸部レントゲンが正常でも、気道の構造異常があることも
気管憩室、気管支軟化症、気管・気管支の過剰な虚脱、気管支内病変などは、胸部単純レントゲンではほぼ正常に見えることがあります。
呼気時に気管や太い気管支が大きくつぶれる「呼気性中枢気道虚脱」や「気管気管支軟化症」は、通常の吸気時CTだけでは分かりにくいこともあります。
喘息や胃食道逆流症として治療しても改善しない難治例では、「レントゲンが正常だから構造異常はない」と判断せず、CTや気管支鏡まで踏み込む閾値を下げることが、診断の遅れを防ぐ可能性があります。
咳が神経疾患の最初の症状になることも
今回の論文を読んで、私自身が改めて意識したのがCANVASという神経疾患です。
CANVASは、
・Cerebellar Ataxia:小脳性運動失調
・Neuropathy:末梢神経障害
・Vestibular Areflexia:両側前庭機能障害
を組み合わせた病名です。
日本語では「小脳性運動失調・末梢神経障害・両側前庭機能障害症候群」と表現されます。
CANVASでは、発作性の乾いた咳が、ふらつき、歩行障害、末梢神経障害などの神経症状より何年も先行することがあります。
慢性咳嗽だけを診ている段階でCANVASを診断することは容易ではありません。
しかし、
・原因不明の発作性咳嗽が長年続いている
・手足のしびれがある
・暗い場所でふらつく
・歩行が不安定になってきた
・家族、特に同胞にも不安定歩行がある
といった情報があれば、頭の片隅に置いておくべき病態です。
CANVASの一部はRFC1遺伝子の両アレル性反復配列伸長と関連しています。
咳反射そのものが過敏になっていることも
原因を十分に調べても異常が見つからない場合、近年では「咳過敏症候群」という考え方が重視されています。
これは、喉や気道の感覚神経が過敏になり、通常なら咳が出ない程度の刺激でも咳が誘発される状態です。
たとえば、
・会話
・笑うこと
・冷たい空気
・香水や洗剤のにおい
・エアコンの風
・食事
・喉に何か触れた感覚
などをきっかけに咳が出ます。
一度咳が始まると止まりにくく、喘息や胃食道逆流症の治療を行っても十分に改善しないことがあります。
原因不明・治療抵抗性の慢性咳嗽では、気道の末梢感覚神経だけでなく、脳幹や大脳を含む神経ネットワークの変化も関係すると考えられています。
「異常なし」で終わらせないことが大切
慢性咳嗽は、生活に大きな影響を与えます。
会話中に咳き込む、人前に出られない、夜眠れない、仕事に集中できない、肋骨や腹筋が痛む、尿漏れが起こるなど、身体的にも精神的にも大きな負担となります。
胸部レントゲンが正常であっても、咳の原因がないとは限りません。
一般的な原因を確認しても改善しない場合には、症状に応じて、
・胸部CT
・呼吸機能検査
・呼気一酸化窒素検査
・血液検査
・耳、鼻、咽頭、扁桃の診察
・心電図、ホルター心電図
・心臓超音波検査
・睡眠時無呼吸検査
・耳鼻咽喉科での喉頭評価
・気管支鏡検査
・神経学的評価
などを組み合わせる必要があります。
当院での慢性咳嗽の診療
戸頃循環器内科クリニックでは、長引く咳に対して、呼吸器疾患だけでなく、心不全、不整脈、睡眠時無呼吸症候群、薬剤性、胃食道逆流症などを含めて総合的に評価します。
特に、
・横になると咳が増える
・動悸の直後に咳が出る
・夜間に息苦しくて目が覚める
・いびきや無呼吸がある
・足のむくみを伴う
・耳を触ると咳が出る
・手足のしびれやふらつきを伴う
といった情報は有用です。
さらに。
咳はありふれた症状ですが、その原因は一つとは限りません。
「風邪が長引いているだけ」
「胸部レントゲンが正常だから問題ない」
「喘息の薬が効かないから原因不明」
と簡単に結論づけず、なぜ咳が続いているのかを丁寧に探すことが大切です。
咳が8週間以上続く場合や、通常の治療を受けても改善しない場合には、一度詳しい評価を受けることをお勧めします。
また、血痰、体重減少、発熱、胸痛、強い息切れ、声のかすれ、飲み込みにくさなどを伴う場合には、早めの受診が必要です。
咳を止めるだけでなく、患者さんの病歴を丁寧に聞き、咳が起こる瞬間を具体的に捉えることが、正しい診断と治療につながります。
