鉄が足りないと感じるときに読む話
「血液検査で貧血はないと言われたのに、疲れやすい」
「鉄が不足していると言われたが、どのくらい薬を飲めばよいのか分からない」
「鉄剤を飲むと胃がむかむかして続けられない」
鉄欠乏は日常診療で非常によく見かける病態です。
しかし実際には、
「どの鉄剤を、どのくらい処方するのか」
「いつ効果を判定するのか」
「貧血のない鉄欠乏も治療するべきなのか」
「飲み薬から点滴へ切り替えるタイミングはいつか」
など、判断に迷うことも少なくありません。
2025年に『Lancet Haematology』から、成人、小児、妊婦の鉄欠乏治療についてまとめた国際的な推奨が発表されました。
https://doi.org/10.1016/S2352-3026(25)00038-9
今回はそのなかから、妊婦を除く成人の鉄欠乏治療について解説します。
この論文は鉄欠乏の原因や診断をではなく、治療方法を中心にまとめたガイダンスです。
また、エビデンスの確実性は全体として高くなく、専門家の意見に基づく項目も多いです。
日本の保険診療や添付文書と異なることも記載されていました。
貧血がなくても鉄は不足します
鉄欠乏というと、ヘモグロビンが低下した「鉄欠乏性貧血」を思い浮かべる方が多いと思います。
しかし、鉄の貯金に相当するフェリチンは、ヘモグロビンが低下する前から減少します。
つまり、
鉄欠乏が進行した最終段階が鉄欠乏性貧血であり、貧血がなくても鉄不足は起こり得る
ということです。
貧血がなくても、鉄欠乏によって次のような症状が出ることがあります。
・疲れやすい
・体がだるい
・立ちくらみやふらつき
・息切れや動悸
・集中力の低下
・頭痛
・むずむず脚
・爪がもろい
・抜け毛
ただし、これらは鉄欠乏だけに特有の症状ではありません。
甲状腺疾患、睡眠不足、心臓病、感染症、うつ状態などでも起こりえます。
症状だけで鉄欠乏と決めつけることはできません。
ヘモグロビンだけでは鉄欠乏を判断できません
鉄欠乏の評価では、ヘモグロビンやヘマトクリットだけを見るのでは不十分です。
特に重要なのが、体内の貯蔵鉄を反映する「フェリチン」です。
今回の推奨では、一般成人について、フェリチン50ng/mL未満を鉄欠乏の目安とする案が示されています。
ただし、フェリチンは炎症、感染症、肝疾患、悪性腫瘍、加齢などの影響を受けて上昇します。
実際には鉄が不足していても、フェリチンが見かけ上正常になることがあります。
そのため、当院では必要に応じて、
・血清鉄
・フェリチン
・総鉄結合能 (TIBC)
・トランスフェリン飽和度(TSAT)
・CRPなどの炎症反応
・ヘモグロビン
・赤血球の大きさを示すMCV
などを組み合わせて判断します。
検査だけでは結論が出ない場合には、期間を区切って鉄剤を投与し、症状や血液検査が改善するかを確認する方法もあります。
貧血のない鉄欠乏も治療するのでしょうか?
今回の推奨では、鉄の吸収を妨げる病気がない成人に対して
疲労感などの症状、フェリチン、ヘモグロビンを改善する目的で
1日1回の経口鉄剤を推奨しています。
これは、貧血までには至っていない鉄欠乏であっても、症状のある患者さんでは治療を検討する価値があるという考え方です。
実際の診療でも、ヘモグロビンは正常範囲であっても、フェリチンが著しく低下している患者さんに鉄を補充すると、だるさやふらつきが改善することがあります。
一方で、鉄剤は単なる栄養補助食品ではありません。
鉄欠乏がない人が漫然と服用すると、鉄過剰になる可能性があります。
鉄剤を開始する前には、まず本当に鉄が不足しているかを確認することが大切です。
経口鉄剤は「1日1回」が基本です
今回の推奨では、経口鉄剤は元素鉄として1日60~110mg程度から開始する方法が提案されています。
日本でよく処方されるフェロミア錠は、1錠に元素鉄として50mgを含んでいます。
鉄剤の効果や副作用は、製品名よりも「元素鉄として何mg含まれているか」に大きく左右されます。
かつては鉄剤を朝夕の1日2回、あるいは1日3回服用する方法も行われていました。
しかし、鉄を服用すると「ヘプシジン」という物質が増え、その後しばらく鉄の吸収が抑えられます。
そのため、何度も分けて飲めば、その分だけ吸収がよくなるとは限りません。
むしろ、頻回に服用すると、
・吐き気
・胃の不快感
・腹痛
・便秘
・下痢
などの副作用が増え、治療を続けられなくなることがあります。
一度嫌な思いをすると、もう二度とその治療を受けたくない、と感じると思います。
現在は、特別な理由がなければ、1日1回を超える投与は積極的には勧めないという考え方になっています。
胃腸症状がつらければ隔日投与も選択肢
鉄剤を飲むと胃がむかむかする、便秘になる、腹痛が起こるという患者さんは少なくありません。
毎日の服用が難しい場合には、1日おきに服用する隔日投与が選択肢になります。
研究では、連日投与と隔日投与で、ヘモグロビンの改善に大きな差がみられなかったものもあります。
鉄剤は、処方された量を無理に飲み続けて途中で完全に中断するよりも、量や服用間隔を調整しながら継続することが重要です。
副作用がある場合は自己判断で中止せず、ご相談ください。
鉄剤はいつ飲めばよいのか?
鉄は、空腹時のほうが吸収されやすいとされています。
また、次のような飲み物や薬は鉄の吸収に影響することがあります。
・コーヒー
・紅茶や緑茶
・牛乳などカルシウムを多く含む飲料
・胃薬
・甲状腺ホルモン薬
今回の推奨では、カフェインやカルシウムなどの影響を避ける方法として
就寝前に水で服用する方法が紹介されています。
ただし、日本の鉄剤には食後に服用するよう定められているものがあります。
また、空腹時では胃腸症状が強くなる患者さんもいます。
そのため、実際の服用時間は、
・使用する製剤
・胃腸症状の有無
・併用薬
・生活リズム
に応じて調整します。
特に甲状腺ホルモン薬や一部の抗菌薬を使用している場合には、服用間隔を空ける必要があるため注意が必要です。
食事だけで治すことはできますか?
鉄を多く含む食品を取ることは大切です。
赤身肉、レバー、カツオ、マグロ、アサリ、大豆製品などは鉄を比較的多く含みます。
また、ビタミンCを含む食品と一緒に取ると、鉄の吸収を助けることがあります。
しかし、明らかな鉄欠乏がある場合には、食事療法だけで短期間に必要量を補うのは困難です。
鉄鍋や鉄製の調理器具から得られる鉄も、治療用の鉄剤1回分に相当する量には通常届きません。
食生活の改善は大切ですが、治療が必要な鉄欠乏を食事だけで治そうとすると、回復が遅れる可能性があります。
鉄剤を飲んだら、いつ再検査するのでしょうか?
今回の推奨では、治療開始後4~12週間で反応を確認することが示されています。
一般的には、治療開始から4週間程度を一つの目安として、
・症状が改善したか
・ヘモグロビンが上昇したか
・フェリチンが増加したか
・副作用なく継続できているか
を確認します。
反応不十分の目安としては、
・ヘモグロビンの上昇が1g/dL未満
・4~12週間でフェリチンが30~50ng/mLに到達しない
などが挙げられています。
ただし、ヘモグロビンが正常になった時点で、体内の鉄の貯金まで十分に回復しているとは限りません。
貧血が改善しても、一定期間は鉄剤を継続し、フェリチンを含めて再評価することが大切です。
当院では、4週間後、つまり1ヶ月後に採血検査で確認しています。
その当日に結果を確認し、継続を検討しています。
飲み薬が効かないときは原因の再確認が必要なことも
鉄剤をきちんと飲んでいるのに改善しない場合には、単純に薬を増量するのではなく、次のような原因を考えます。
・月経量が多い
・胃や大腸から出血している
・胃潰瘍や大腸がんなどがある
・痔から慢性的に出血している
・鉄剤を十分に服用できていない
・胃腸の病気で吸収できない
・炎症性腸疾患がある
・慢性腎臓病がある
・鉄欠乏以外の貧血が合併している
特に、男性や閉経後女性の鉄欠乏性貧血では、消化管出血が隠れていないかを確認することが重要です。
鉄剤で一時的に数値が改善しても、出血の原因を治療しなければ再発します。
鉄欠乏は単なる「鉄不足」ではなく、体のどこかから出血しているサインである可能性があります。
点滴の鉄剤が適している場合
次のような場合には、飲み薬よりも静注鉄剤が適することがあります。
・鉄を急速に補う必要がある
・経口鉄剤で十分な改善が得られない
・吐き気や腹痛などで内服を続けられない
・消化管から鉄を吸収しにくい
・炎症性腸疾患がある
・慢性腎臓病がある
静注鉄剤は、必要な鉄を確実に体内へ補充できることが利点です。
適切に使用すれば、輸血を回避できる場合もあります。
ただし、日本の静注鉄剤は原則として、経口鉄剤の投与が困難または不適当な場合に使用することになっています。
すべての患者さんが最初から点滴を選べるわけではありません。
静注鉄剤と低リン血症
静注鉄剤の一つであるカルボキシマルトース第二鉄では、低リン血症に注意が必要です。
日本ではフェインジェクト静注として使用されています。
低リン血症が起こると、
・強いだるさ
・筋力低下
・筋肉痛
・関節痛
・骨の痛み
などが現れることがあります。
重度の低リン血症が長期間続いた場合には、骨が弱くなる骨軟化症につながる可能性もあります。
特に、慢性的な出血などで静注鉄を繰り返し使用する患者さんでは注意が必要です。
2026年6月には、厚生労働省・PMDAから、カルボキシマルトース第二鉄などについて、低リン血症および骨軟化症に関する注意喚起の強化が示されました。
静注前後には、必要に応じて血清リンを測定します。
投与後に関節痛や骨痛、強い倦怠感が出た場合には、早めに医療機関へ相談してください。
また、静注直後はフェリチンなどの鉄関連検査が一時的に高くなるため、治療効果の判定は原則として投与4週間後以降に行います。
鉄は多ければ多いほどよいわけではありません
鉄欠乏では鉄の補充が必要ですが、過剰な鉄は体内に蓄積します。
鉄剤を長期間漫然と服用したり、静注鉄を必要以上に繰り返したりすると、鉄過剰を起こす可能性があります。
治療中は、
・ヘモグロビン
・フェリチン
・トランスフェリン飽和度
・鉄剤の総投与量
などを確認しながら、適切な時期に減量または終了します。
市販の鉄サプリメントも含め、鉄剤を自己判断で長期間続けることは避けましょう。
鉄欠乏治療のおさらいです。
まず経口鉄剤を1日1回から開始する
胃腸症状などで続けにくければ、減量や隔日投与を検討する
1日何回も服用すればよいとは限らない
治療開始後、約4週間を目安に症状と血液検査を再評価する
反応不良、不耐、吸収障害、急速な補正が必要な場合には静注鉄を検討する
静注鉄では低リン血症や鉄過剰にも注意する
男性や閉経後女性の鉄欠乏では、消化管出血などの原因検索が重要
鉄欠乏は、貧血になってから初めて起こるものではありません。
ヘモグロビンが正常でも、フェリチンが低下している段階から、疲労感、ふらつき、息切れ、集中力低下などが現れることがあります。
一方で、疲労感があるからといって、すべてが鉄欠乏によるものではありません。
また、鉄欠乏の背景に月経過多や消化管出血などが隠れていることもあります。
大切なのは、
鉄を補うことだけでなく、なぜ鉄が不足したのかを確認すること
です。
「貧血はないと言われたが、フェリチンが低かった」
「鉄剤を飲んでいるのに改善しない」
「鉄剤の副作用で続けられない」
という場合には、検査結果や治療方法を一度見直すことをお勧めします。
戸頃循環器内科クリニックでは、ヘモグロビンだけでなく、フェリチンやトランスフェリン飽和度なども含めて鉄欠乏を評価し、患者さんの症状や背景に応じた治療を行っています。
それでも鉄瓶で梅干し茶を飲んだりしています。
