潜在性甲状腺機能低下症とは
一つ前のブログでは、甲状腺機能、つまりどれだけホルモンを出しているか、と筋肉量の関係についてのお話でした。
視床下部からTSHホルモンが分泌されて、甲状腺を刺激し、FT3 FT4 のホルモンが分泌される、ということが
少しわかりにくい話です。
<正常では>視床下部からTRHホルモンが分泌され、下垂体を刺激し、TSHホルモンが分泌、それにより甲状腺から FT3 FT4が分泌されるというメカニズムです。
文字で読むと、わかりにくいですね。
人体の不思議です。
ここで、甲状腺に問題が起こると、FT3 FT4 分泌されすぎ、分泌されなさすぎ問題が起こります。
これがそれぞれ甲状腺機能 亢進症 / 低下症 ということになります。
甲状腺は長さ 4-5cm. 幅 2-3cm 厚み 1cm です。
10-20g くらいの重さで、人体での最大のホルモン分泌器官です。
喉のあたりを触ると、甲状腺に触れることもできます。
甲状腺はヨードを原料に甲状腺ホルモンを産生するします。
ヨード4つのT4とヨード3つのT3の2種類が存在します。
甲状腺ホルモンの作用の強さとしてはT3がT4の約10倍ほど強力です。
甲状腺ホルモンは新陳代謝を活性化する作用があるホルモンであり、全身に影響を及ぼします。
増え過ぎても不足しても身体にとっては良くない状況になります。
オタマジャクシは甲状腺ホルモンがないとカエルになれません。
クマが冬眠できるのは、甲状腺ホルモンを低下させることで省エネ状態にしてエネルギーを節約させているからと言われています。
この、甲状腺ホルモンを測定していると、時々妙な結果を見ます。
TSHが高値だけれども、 FT4は基準値内、ということがあります。
この状態を 潜在性甲状腺機能低下症 と診断します。
一般的には症状が乏しく、「潜在性」と呼ばれます。
特に55歳以上の女性の約10%にみられ、自己免疫性甲状腺炎(橋本病)が主な原因とされています。
興味深いことに、この状態の患者さんの約40%は、時間の経過とともに甲状腺機能が自然に正常化することが知られています。
当院でもすでに、数名のかたで見つかっています。
どのようなリスクがあるのか?
潜在性甲状腺機能低下症は、心血管疾患との関連が指摘されています。
特に、65歳未満の患者さんでは、冠動脈疾患(狭心症や心筋梗塞)、心不全、脳血管疾患(脳梗塞など)のリスクが高まることが報告されています。
また、TSHの値が10.0mU/L以上の方では、これらのリスクがさらに上昇することが分かっています。
そのため、特にTSH値が高めの方は注意が必要です。
ホルモン補充療法治療の必要性はどうか。
では、すべての患者さんに甲状腺ホルモン補充療法(レボチロキシン)は必要なのかという問題があります。
実は、レボチロキシンの有効性については、明確なエビデンスが不足しています。
つまり、根拠を持って一概に判断するのが難しい状況です。
症状の改善が期待できるケースはあるものの、無症状の患者さんに対して一律に治療を行うべきかどうかについては、医学界でも議論が続いています。
ただし、英国の大規模な観察研究では、70歳未満の患者さんにおいてレボチロキシンが冠動脈疾患のリスクを低下させる可能性があることが示唆されています。
そのため、治療を検討する際には、患者さんの年齢や症状の有無、甲状腺自己抗体の有無、心血管疾患のリスク因子を総合的に考慮することが重要です。
当院での対応
当院では、潜在性甲状腺機能低下症が疑われる患者さんには、まず詳しい検査を行い、甲状腺ホルモンや自己抗体の有無を確認しています。
TSHが軽度に上昇しているが、症状がない場合
→ 定期的な経過観察を提案・推奨します。
TSHが10.0mU/L以上、または動脈硬化や心疾患のリスクが高い場合
→ レボチロキシン治療を検討します。
倦怠感やむくみ、寒がりなどの症状が明らかな場合
→ 試験的に治療を開始することもあります。
利尿剤や漢方薬なども検討することもあります。
症状があるなら、対処が必要と思います。
また、心血管リスクの観点から、動脈硬化の評価(頸動脈エコーや冠動脈CT)や生活習慣の見直しも並行して行っています。
潜在性甲状腺機能低下症は、必ずしも治療が必要なわけではありません。
でも特定の患者さんでは心血管疾患のリスクが高まる可能性があるため、慎重な判断が必要です。
当院では、患者さん一人ひとりの状態に合わせた最適な治療方針を提案しておりますので、ご不安がある方はお気軽にご相談ください。
参考文献
Subclinical hypothyroidism: Should we treat?
Post reprod health 2017 Jun;23(2):55-62.