塩と出汁
クリニックは連休をいただきましたので作りたかったご飯を作ります。
鯛という魚は、不思議な存在です。
派手すぎないのに、食卓にあるだけで少し特別な空気になります。
「今日はちょっと良い日だったのかな」と、気持ちを整えてくれるような力があります。
普段減塩が大事ですよ、と口にすることが多いです。
でも、料理の時の塩は別です。
水気や臭みを取り除くための塩。
この塩を打つだけで、生臭さが減っていきます。
キッチンペーパーで吸い取った水分の中に余分なものが吸収されていきます。
昆布の出汁が好きです。
旨味を出しきるには時間が必要です。
水につけておき、そのままじっくりと引き出します。
280度 30分。
皮目を焼くことで、香ばしさが出てきます。
臭みも消えるし、出汁も出やすくなります。
アラは昆布とともに煮出します。
アクをしっかり取って黄金色の出汁を引き出します。
アク取りの時間はつきっきり。
全集中の呼吸です。
出汁が冷めたらそれでコメを炊くのです。
醤油。酒。切り身。
土鍋はごっついですが、とて美味しく炊きあがります。
焼いた鯛のうまみがごはんにしみ込みますよう。
40分もすればしっかり炊き上がり。
土鍋からの湯気からも、香ばしい香りを感じます。
切り身をほぐして、骨を外して、また戻してしばし蒸らして待つのです。
一口食べると、塩気、だし、米の甘みがゆっくり重なっていくのです。
派手な味ではありません。
でも、食べ終わったあとに、体の中にじんわり残る満足感があります。
循環器内科の診療をしていると、日々、血圧、コレステロール、血糖、体重、塩分など、どうしても「数字」と向き合う場面が多くなります。
もちろん、それはとても大切なことです。
心臓や血管の病気を防ぐためには、日々の積み重ねが何より大切です。
ただ、食事というのは、単に栄養を入れる作業ではありません。
季節を感じること。
香りを楽しむこと。
誰かと食卓を囲むこと。
「おいしいな」と思える時間を持つこと。
こうしたことも、実は健康の一部なのだと思います。
鯛めしも味付けを濃くしすぎれば塩分が多くなります。
高血圧や心不全、腎臓病のある方では、だしのうまみを生かして、醤油や塩を控えめにする工夫も楽しいです。
減塩というのは「味気ない食事にすること」ではありません。
素材の香り、だしの深み、焼き魚の香ばしさを使えば、塩分を控えても十分に満足できる料理になります。
鯛めしは、そのよい例かもしれません。
健康のために食事を整える。
けれど、食事から楽しみを奪わない。
このバランスは、医療にも似ています。
病気を防ぐことは大切です。
でも、それは人生を小さくするためではなく、毎日を安心して楽しむためにあります。
炊きたての鯛めしを前にすると、そんなことを少し考えます。
心臓にやさしい暮らしとは、特別なことばかりではありません。
よく眠ること。
少し歩くこと。
血圧を測ること。
薬をきちんと続けること。
そして、ときどき季節のごはんを味わいながら、「今日もまあまあ良い日だったな」と思えること。
鯛めしの湯気の向こうに、そんな穏やかな健康の形が見える気がしました。
