マンジャロが心筋梗塞リスクを減らす、という
糖尿病治療薬として使われているマンジャロ(一般名:チルゼパチド)は、血糖を下げるだけでなく、体重を大きく減らす効果があることから注目されています。
循環器内科の立場から非常に重要なのは、
「チルゼパチドは心筋梗塞や脳卒中などの心血管病を減らす可能性があるのか?」
という点です。
2026年8月に医学雑誌『BMJ』に、2型糖尿病ですでに動脈硬化性心血管疾患を持っている患者さんを対象に、チルゼパチドと心血管イベントとの関係を調べた大規模研究が報告されました。
BMJ 2026; 394 doi: https://doi.org/10.1136/bmj-2026-100011
チルゼパチドとはどのような薬なのか?
最近は世間でも色んな意味で注目されています。
チルゼパチドは、
-
GIP
-
GLP-1
という2つの消化管ホルモンの働きを利用した薬です。
血糖値を改善する作用に加え、食欲を抑え、体重を減らす効果があります。
糖尿病治療では「マンジャロ」という商品名で使用されています。
近年では、こうした薬は単なる「血糖を下げる薬」ではなく、肥満、糖尿病、心臓病をまとめて考える心血管・代謝治療薬として注目されるようになってきています。
今回の研究はどのような患者さんが対象か
今回の研究では、米国の大規模な医療データを用いて、
40歳以上の2型糖尿病患者さんで、すでに動脈硬化性心血管疾患を持っている52,971人
が解析されました。
チルゼパチドを開始した患者さんは35,353人、比較対象としてシタグリプチン(商品名 グラクティブ・ジャヌビア)を開始した患者さん17,618人が調べられました。
シタグリプチンは心血管イベントに対して大きな影響を与えないことが知られている薬であるため、この研究では「標準治療に近い比較対象」として用いられています。
主要評価項目であるMACEは、
心筋梗塞+脳卒中+全死亡
を合わせたものです。
心筋梗塞・脳卒中・死亡を合わせたリスクが約32%低下
最も重要な結果です。
1年間のMACE発症率は、
チルゼパチド 2.9%
シタグリプチン 4.4%
でした。
つまり、チルゼパチドを使用した患者さんでは、MACEの発生率が相対的に約32%低下していました。
統計学的にはハザード比0.68で、1年間の絶対リスク差は1.4%でした。
これをNNTという指標で表すと、
約70人を1年間治療すると、MACEを1件減らせる
という計算になります。
これは心血管リスクが高い糖尿病の患者さんにとって、かなり注目に値する数字です。
特に心筋梗塞が減っていました
もう少し詳しく結果を見てみます。
心筋梗塞
チルゼパチドでは心筋梗塞のリスクが、
約33%低下
していました。
発症率は、
1.1% 対 1.9%
で、ハザード比は0.67でした。
脳卒中
一方、脳卒中については、
0.7% 対 0.7%
で、明確な差は認められませんでした。
つまり今回の研究では、心血管イベントの減少は特に心筋梗塞の減少が大きく寄与していたと考えられます。
全死亡
さらに全死亡は、
1.3% 対 2.1%
で、ハザード比0.55でした。
数字上は約45%のリスク低下になります。
ただし、この死亡率の結果については後述するように慎重な解釈が必要です。
感染症による入院も減っていた
今回の研究で非常に興味深いのが、心血管イベントだけではありません。
チルゼパチド使用患者では、
感染症による入院
も少なくなっていました。
具体的には、
-
感染症による入院:約36%低下
-
尿路感染症:約17%低下
-
感染症関連死亡:約60%低下
という結果でした。
一方、消化器系の有害事象については明確な差を認めませんでした。
なぜ感染症が減るのかについては、まだはっきり分かっていません。
肥満そのものが慢性炎症や感染症リスクと関連しているため、体重減少や代謝改善、炎症の改善などが関係している可能性があります。
ただし、これは今回の研究だけでチルゼパチドには感染症を予防する作用があると断定できるものではありません。
心血管イベントは治療開始3か月ごろから差が見られた
もう一つ興味深い点があります。
チルゼパチド群と比較群の心血管イベント発生曲線は、
治療開始後3か月以内から差が開き始めていました。
通常、動脈硬化そのものを改善するにはある程度長い時間が必要です。
そのため著者らは、チルゼパチドによる心血管保護効果には、
-
体重減少
-
血糖改善
-
血圧改善
だけではなく、
血管炎症や全身炎症の改善など、比較的早く現れる作用が関係している可能性
を指摘しています。
つまり、GLP-1/GIP関連薬を単なる「糖尿病治療薬」として考えるのではなく、心血管・代謝全体を改善する治療薬として考える必要があるのではないか、とも言えます。
ただし「心筋梗塞が32%減る」と断定するのはまだ早い
ここは非常に重要です。
今回の研究は約5万人という非常に大規模な研究ですが、ランダム化比較試験ではなく観察研究です。
つまり、実際の診療データを使って、
「チルゼパチドを処方された人」と
「シタグリプチンを処方された人」
を比較しています。
統計学的に患者背景をできるだけ揃えていますが、完全に同じ患者さん同士を比較しているわけではありません。
例えば。
チルゼパチドを処方される患者さんのほうが比較的元気だった
治療への意欲が高かった
注射してでも、しっかり自分の健康に取り組みたい人が多かった
などの可能性、データに表れない違いが残っている可能性があります。
研究者自身も、
-
観察期間が短い
-
未測定の交絡因子を完全には除外できない
-
シタグリプチンをプラセボの代わりとしている
-
米国の保険診療データである
-
動脈硬化性心血管疾患のない患者さんにはそのまま当てはめられない
などを研究の限界として挙げています。
したがって、
「マンジャロを使えば心筋梗塞が必ず3割減る」
と考えるのは適切ではありません。
今回の結果は、チルゼパチドの心血管保護効果を支持する非常に興味深いデータ、と考えるのがよいでしょう。
「糖尿病治療薬」から「心臓を守る薬」へ
これまで糖尿病治療というと、
「血糖改善」
そのものが治療目標になりがちでした。
しかし循環器内科では、その先を考えています。
血糖改善や体重を減らす目的は、
-
高血圧を改善する
-
脂質異常症を改善する
-
睡眠時無呼吸症候群を改善する
-
心不全を減らす
-
心筋梗塞や脳卒中を防ぐ
ことにあります。
つまり、体重は単なる数字ではなく、心血管病リスクを減らすための治療対象の一つなのです。
今回の研究は、チルゼパチドについて、この考え方をさらに一歩進める結果だと思います。
血管エコーやCTなどにより動脈硬化状態をしっかり把握し、価値のある治療を選択する、ということが重要だと思っています。
先ほどのグラクティブ・ジャヌビアは心筋梗塞を減らす、あるいは心不全を減らす、という効果は今までのところ全く報告はありません。
もちろん誰にでもチルゼパチドを使えばよいわけではない
もちろん、この研究結果を見て、
「心筋梗塞予防のため全員にマンジャロを使えばよい」
というわけではありません。
治療を考える場合には、
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糖尿病かどうか
- 年齢 体格特にBMI
-
高血圧
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LDLコレステロール
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腎機能
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心筋梗塞や脳梗塞の既往
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冠動脈疾患
-
心不全
-
睡眠時無呼吸症候群
-
現在使用している薬
などを総合的に評価する必要があります。
心筋梗塞予防で最も大切なのは
LDLコレステロール、血圧、血糖、禁煙、運動、体重、睡眠時無呼吸などを包括的に管理することが基本です。
「血糖値」を含めた心血管リスク
当院では肥満症や糖尿病を診療するとき、単純に、
「何kg痩せたか」
だけを見るのではありません。
血圧、血糖、LDLコレステロール、心電図、心エコー、冠動脈疾患、睡眠時無呼吸症候群などを含め、
その患者さんが将来、心筋梗塞・脳卒中・心不全を起こすリスクをどのように減らすか
という視点で治療を考えています。
体重が増えてきた、糖尿病が悪化してきた、血圧やコレステロールも高い、あるいはすでに心臓病を指摘されているという方は、一度ご自身の心血管リスクを整理してみることをおすすめします。
この研究では、2型糖尿病で動脈硬化性心血管疾患を持つ患者さんにおいて、チルゼパチド使用はシタグリプチンと比較して、
MACE 約32%低下
心筋梗塞 約33%低下
全死亡 約45%低下
と関連していました。
一方で脳卒中には明確な差を認めませんでした。
さらに感染症による入院や感染症関連死亡の減少も認められ、単なる体重減少を超えた作用が存在する可能性も示されています。
ただし、今回の研究は観察研究であり、これらの数字をそのまま個々の患者さんに当てはめることはできません。
それでも、
チルゼパチドは単なる糖尿病薬、あるいは痩せるためだけの薬ではなく、心血管リスク全体を考える薬になりつつある
という点は、今後の糖尿病治療を考える上で非常に重要なメッセージだと思います。
